テロとの闘い

2015年11月30日

2001年9月11日のニューヨークとワシントンDCでの同時多発テロの時アメリカのイエローストン国立公園におりました。朝丁度観光に出かける所で,ホテルのロビーのテレビの前に宿泊客が群がり,口々に「ベネゴン,ペネゴン」と言っておりました。ペンタゴンに飛行機が突入した画像が放映されていました。大阪で働いたことのある関西弁の達者なアメリカ人の若い現地案内人から,ニューヨークの世界貿易センタービルに2機の飛行機が突入して多数の犠牲者が出たことを知らされました。そのまま観光に出かけました。夕方ホテルに戻ってテレビで事件の詳細を知り,ブッシュ大統領がテレビに「これは戦争だ」と怖い顔をして出ていました。今回もフランスで「戦争だ」の声が挙っております。

1990年にイラクがクェートに侵攻しアメリカを中心とする多国籍軍がイラクを攻撃した湾岸戦争が起きました。日本政府は130億ドルもの多額の戦費を負担しながら、人的貢献がなかったとクェートからも感謝されなかったのが「トラウマ」になっています。9.11の多発テロの首謀者がアフガンに潜伏していると称して、タリバンを叩くアフガン戦争が始まりました。2003年3月にはイラクが大量破壊兵器を保有していることを理由に,アメリカ、イギリス軍が国連の決議なしでイラクを攻撃し、フセイン政権を崩壊させました。しかし大量破壊兵器はイラクのどこにもありませんでした。その後アメリカはシリアの空爆を始めました。中世の十字軍時代以来の欧米の中東,アフガニスタン、パキスタン等への介入が原因で多くの難民を生み、テロを育てているのではないでしょうか?

また難民の増大には環境の激変があるのではと言われています。2006年から11年にかけたシリアの干ばつと独裁政権の無策による農畜産業の壊滅、2010年~11年の中国東部の干ばつで、中国が小麦を大量輸入し,小麦の国際価格が高騰し、エジプトのパン価格は3倍になりました。これが民衆の不満を引き起こし、エジプトのムバラク政権の倒壊やシリアの内戦の一因となっているとか。英仏は植民地であったアフリカや中東から多くの移民を受け入れております。移民一世は生まれた国と比較して移民した国の有難味を身をもって体験し,感謝出来ますが,移民した国で生まれ育った2世、3世は,経済格差や差別により不満を抱いています。パリでの同時多発テロの一因ではないでしょうか。

私達の国日本が、テロに備える現状を見ますとお寒い状態です。長い海岸線には横田めぐみさん等を拉致したような組織が自由に出入りし、冷却水を止めれば簡単に事故を起こす原発の警備は自衛隊ではなく警察で重装備の特殊部隊には対抗出来ず、無事故を誇った新幹線もたった一人の焼身自殺で止まりました。サリンを撒かれた事件の時まで化学テロには全く無防備でした。口先より地道にテロや地震などの災害への備えを固めるべきです。

テロを絶滅する為の空爆や誤爆により、善良な市民が毎日死傷しているのも事実です。殺された者の家族,親戚,友人などは当然空爆した国々を恨み、憎みます。「テロと断固闘う」と気勢をあげている政治家は沢山おりますが、テロをなくする、テロを抑える根本的な解決方法を示すことはありません。気象変動による食料不足、植民地支配などの歴史問題、経済格差、人種差別や宗教まで絡むと腰を据えて取組むべき人類の課題です。

食と健康のコンサルタント 渡邉 憲一