72年目の敗戦記念日を迎えて

2017年08月20日

1945年8月15日は私の住んでいた新潟県の田舎ではよく晴れた暑い日でした。
正午に天皇陛下の玉音放送があると、ラジオのある世話役のお家に集まりました。雑音が多くてよく判りませんでした。世話役が「陛下は頑張れと仰られた」と解説しました。午後に町から戻った人達が「日本は負け、映画館は休みだ」と教えてくれました。

出口の見えない財政赤字の増大、人口減少・少子高齢化、経済格差の拡大・貧困児童が6人に1人など多くの問題を抱えておりますが、わが国は世界的に見て高い生活水準を享受し、第二次大戦に敗けた後は一度も戦争をした事のない平和国家であり、主権在民の非独裁国です。このような今日があるのは、310万人の日本人(1963年5月14日の閣議決定)と数千万人の他国籍の方々の尊い犠牲の上に築かれたものです。

今や戦争を知っている日本国民は人口の20%を切り、国会議員に至っては7%となりました。戦争の悲惨さを知らず,想像力に欠ける人達が、戦争を避けようとはせずに、むしろ勇ましい言動で、戦争を引き起す危険を高めています。核戦争になったら一国が滅ぶだけではなく,地球が壊れてしまいます。1989年の旧ソ連のカザフスタンでの水爆実験では、地球の地軸を揺るがしました。水爆の威力は桁違いに大きくなりました。

ボツダム宣言を受諾して無条件降伏したので、その第10条の「捕虜虐待を含む一切の戦争犯罪人は処罰されるべきである。」に基づいて「平和に対する罪」でA級裁判の「東京裁判」が市ヶ谷で行なわれました。敗戦国の指導者及び協力者達を、国際法上の「犯罪者」として裁くのは、「法律不遡及の原則」に反するのではとの意見もあります。
原爆投下をはじめ、都市への無差別爆撃で,非戦闘員を多数殺傷したのは、戦時国際法であるジュネーブ条約に明らかに違反しています。戦勝国は裁かれませんでした。

「普通のよき日本人が、世界最高の頭脳達が、【もう戦争しかない】と思ったのはなぜか?」(加藤陽子著:それでも日本人は、【戦争】を選んだ)を解明し、勝ち目のない戦争に、国民を引き込んだ当時の指導者の責任を私達日本人自身の手で、追求しなければなりません。日本の軍隊は兵卒や下士官は素晴らしいが、階級が上がるほど無能になると敵の将軍に揶揄された状態,すなわち日本軍の参謀本部などの中枢に「無能な秀才」をおくシステムが、日本を敗戦に追い込みました。

70年経っても、シャープ、東芝等の衰退およびICT分野での立ち後れ等に見られる経済敗戦や、「モリ」と「カケ」問題や南スーダンのPKOの日報問題に見られる、組織を守る為に臆面もなく嘘をつき、事実を掩蔽する「日本のシステム」を改めなければ、今後もあらゆる分野で敗戦は続き、結果は日本国は没落の一途をたどります。

歴史から学べと言われます。近代史については、時間が足らなくなった事と、「入試に出ないから」との理由で,私達は学校で勉強しませんでした。1853年(嘉永6年)のペリー率いるアメリカの浦賀来航から、2017年の今日に至る迄の歴史・事実を学習する必要があります。わが国を支配している「無能な秀才」を中枢におく官僚制度の裏表を知るには、さらに歴史を遡って1,600年の関ヶ原の戦いから,実証しなければならないのかも知れません。直前の事実でさえ簡単に書き換えられ、不都合な事実は隠蔽されて、闇に葬られるのを私達国民は目の当りにしています。歴史は勝者,時の権力者によって編纂されますから、表に出ている史料だけではなく、滅ばされ、虐げられた人達の史料をも発掘して、検討する必要があるのではないでしょうか。

食と健康のコンサルタント 渡邉 憲一