大本営発表

2018年05月20日

日清戦争から第二次世界大戦(日本では太平洋戦争とも大東亜戦争とも呼びます。)まで設置された皇軍(天皇陛下の軍隊であるので日本軍の呼称。)の最高統帥機関として大本営がありました。大本営発表は大本営が行なった公式の戦況発表でした。真珠湾攻撃やマレー沖海戦など、日本軍が優勢なうちは割合正確でしたが、1942年5月の珊瑚海海戦から戦果の水増しが始まり、戦況が悪化するにつれて嘘の発表を行なってきました。

当時軍国少年であった私は、大きな世界地図を壁に入り、皇軍の赫々たる戦果と戦線拡大=占領地の拡大につれ、占領地に小さな日の丸の国旗を貼って大喜びをしていました。ガダルカナル島の戦いあたりから、「赫々たる戦果を挙げ、我が方の損害軽微なり。」の大本営発表の割には敵の兵力はなかなか減らないと矛盾を感じ始めました。

ところが敗戦後事実が明らかになると、「大本営発表」は政府が国民を騙す情報操作の手段であり、嘘八百を並べる代名詞となりました。昭和天皇は対米戦争には消極的であらせられたのに、東条内閣が嘘の情報を上申して、国力の差から見て到底勝ち目のないアメリカとの戦争に日本国民を引き込みました。一方、アメリカの先代のセオドア・ルーズベルト大統領は日露戦争でロシアとの講和条約の仲介をしながら、日本を仮想敵国として大日本帝国(当時の日本の国名)との戦争計画「オレンジ計画」の作成を命じていました。
それによると、当初は日本の奇襲でアメリカは打撃を受けるが、太平洋の島伝えの反攻で日本は経済的にも破綻して負けるとのことでした。事実はまさにその通りになりました。

同じ皇軍なのに自分たちの組織優先で陸軍と海軍は反目し、情報の共有どころか、都合の悪い情報は改竄、隠蔽し、強力な敵軍を目前にして互いに足の引っ張り合いをしていました。皇軍の暗号は解読されていて皇軍の作戦の手のうちは事前に読まれ、レーダーの性能でも立遅れ、得意の夜戦にも敗れ、情報戦にも負けて敗戦直前の戦況は完敗でした。

モリ(森友学園)、カケ(加計学園)問題で明らかになった公文書の取扱いのずさんさは、国家の体(てい)をなしていません。公文書は国民、国家の財産であり、正しく記録し、保管し、国民の請求があれば基本的には公開すべき国民の後世に残すべき財産です。国会議員も公務員も、特定の権力者への奉仕者ではなく、国民への奉仕者であります。

戦時中の陸軍と海軍との対立と同様、省益あって国益なしのタテ割の官僚制度の改革は必須課題です。公文書管理は近代国家の水準にまで整える必要があります。これからの経済の成長を支える第4次産業革命とも言われる情報通信技術(ICT)の開発と活用でも、列国に立遅れBig dataの収集・蓄積ではアメリカ、中国に大差を付けられています。情報収集能力やその管理能力などの情報戦力では戦前、戦中と同じようにまるで無防備、無能力です。これらの重要課題は一日も早く国権の最高機関たる国会で取り上げて議論を尽すべき課題です。今の国会の有様では全く期待出来ません。戦時中に国民が「大本営発表」に欺かれた結果と同じように、今日本は亡国の道をまっしぐらに進んでいます。

食と健康のコンサルタント 渡邉 憲一