お米の加工品、米麹と味噌

2015年01月20日

お米の加工品、米麹と味噌

 米麹は蒸した米に麹菌(コウジカビ)を繁殖させたもので、日本酒、味噌、醤油、酢、味醂や焼酎を作る為に用いられます。蒸した麦や大豆に麹菌を働かせた麦麹、豆麹もあります。日本酒を醸造する時には米麹が用いられます。味噌を製造するときには、米麹、麦麹、豆麹をいろいろな割合で組み合わせて用いられ、お味噌の特徴を出す方法となっております。多くの場合米や麦などで麹をつくり、これを塩と共に煮た大豆に加えております。醗酵させることで大豆のタンパク質が分解されアミノ酸が大量に遊離することで旨味が増します。また麹の量を増やすと甘味が増えます。

 味噌は今では調味料とみなされていますが、昔から日本の食生活では主なタンパク源であり,江戸時代半ば以前には「おかず」的な扱いをされていました。(現在でも「おかずみそ」・「ねぎみそ」・「ピーナッツみそ(みそピー)」)など多数のおかずとして存在しています)。戦国時代には主に米糠が原料にされたとか。温暖多湿の日本の風土の中で、勘と経験で「手前みそ」と言われる程多種類の味噌が醸造されてきました。

 明治時代には一般的な味噌の醸造期間は1−3年程度でありました。味噌蔵によっては現在でもこの位の時間を掛けて醸造している所もあります。その後麹の働きを温度管理で調節する味噌速醸法で醸造時間は数ヶ月に短縮することが可能となり、第二次大戦中に醸造中の温度管理の進歩で醸造期間を20日間に短縮することが可能となり、戦後全国に普及しました。

 非常に種類が豊富であり、その地域、種類により赤みそ、白みそ、合わせみそ(調合味噌)などと区別されています。味噌は日本独自のものです。しかし大豆その他の穀物・豆類を原料としたペースト状の発酵調味料は、東アジア、東南アジアの各地に存在しています。例えば、中国の豆板醤、韓国のコチュジャンは、日本では「唐辛子みそ」と呼ばれ,味噌の範疇に入れております。

 戦前、戦時中の越後の田舎では、麦や豆や芋や沢庵を漬ける前に切り取った大根の葉を茹でて日干しで乾燥した「干し菜」などの増量剤の沢山入ったご飯と、野菜、きのこ、海草等の具沢山のみそ汁、よく漬け込んだ沢庵がご馳走でした。味噌は貴重なタンパク源だったのです。江戸時代の本朝食鑑によりますと、味噌は食品として万能で、その健康増進効果からみそ汁は「医者殺し」と言われていたとか。長崎の被曝医師が「自身、患者、職員に原爆症が発症しなかった原因は{わかめの味噌汁}を飲んでいたからだ」と述べており、それが欧米社会に伝わって、1986年のチェルノブィリ原発事故の際には、「味噌は放射能障害に効果有り」の説が広まり、輸出量が通常の数倍になったと報告されています。「味噌づくりの人の手は白い」との噂から味噌の抽出物で化粧品が作られています。

 味噌には塩分が含まれているので、高血圧予防の観点から過剰摂取には気を付ける必要はありますが、具沢山の味噌汁を特に海草、きのこ入りの味噌汁を白いご飯と一緒に楽しみましょう。具沢山の味噌汁の場合には、とくに「だし」の必要ありません。具から美味しい味が出てきます。

食と健康のコンサルタント 渡邉 憲一